明石市長の国道拡幅事業にかかる職員への暴言が取り沙汰されている。用地買収が遅れたことへの苛立ちからか、火つけてこいなどとかなり過激な発言が飛び出したようだ。
私の意見は、100%市長が悪いというものだが、ブクマコメントを見ていると結構市長擁護派が多くて驚いた。
どうやらそれまで過激なことばかり言って職員に暴言を吐いていたのが、最後の方の発言である「市民のことを考えて言ってるんや」的なのに心を動かされているらしい。
(上掲記事より引用)
ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。
(担当者)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。
市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は
そんなのはまさにDV配偶者に騙されるのと同じではないか。用地買収交渉というのは、そんなに簡単に行くものではないのだ。
成田空港の建設の経緯を知っている人も多いと思うが、まさにあれは用地買収と言う名の戦いの歴史である。
何人もの死者、けが人、逮捕者を出し、千葉県収用委員会の会長が襲撃されて瀕死の重傷を負い、今なお空港警備隊という名の全国の警察からの出向者によって成り立っている成田空港にしかない警察組織があり、2本の誘導路に挟まれた「鉄塔」が誘導路を「く」の字に曲げ、飛行機が上スレスレを飛ぶ農地で農業を営む人がいるのは、全て用地買収とその反対運動の結果である。
成田空港の歴史はぜひ時間のあるときに触れてほしいのだが、それをきっかけに千葉県内では収用委員会が解散して機能せず、さらにそのせいで東葛地域はひどい道路ばかりで渋滞に悩まされ続けているということは知ってほしい。
話がそれてしまったが、今回の明石市内の用地交渉も担当者が一軒一軒頭を下げて回り、公共事業という予算の中でなんとか地権者に納得してもらおうと交渉を続けていたであろうことは想像に難くない。
職員「(立ち退き対象だった建物の)オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」
市長「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」
職員「金額の提示はしていない」
市長「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22(2010)年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」
ブクマではだいたいこの部分をもって「無能な担当者」とか「担当者は何もやってなかったの?」とか「仕事してなくて給料もらえるのか」とか批判する意見も多い。
はてなブックマーク - 部下に「辞表出しても許さんぞ」「自分の家売れ」 明石市長の暴言詳報 - 神戸新聞NEXT
しかしそれは(少なくともこの情報だけでは)間違っている。なお、今回は上司の監督責任とか、市職員の仕事は究極的には市長が責任を取るべきなのではといった仕事論は置いておく。
この事業は10年度から始まった国道2号の拡幅工事で、国の委託で市が用地取得などを実施。市は12年度から用地買収に着手し、16年12月に完了予定だった。
しかし、JR明石駅前のビル1棟の立ち退き交渉が遅れ、17年6月、市長は市長室に担当職員を呼び出し、ビル側と売買価格の交渉がまだ済んでいない、とする職員の説明に立腹。
そもそも2012年度から買収に着手しているので、市長が怒鳴った時点で4〜5年しか経っていない。
そう、我々一般人からすればある日近所の道路脇に空き地が増えていき、いつの間にやら工事が始まって道路が広くなったな、くらいの感想しかないが、用地交渉において5年など一瞬である。
地元の話題で恐縮だが、船橋駅南口の都市計画道路なんて、計画から35年、道路事業計画から10年以上経ってやっと3年前に開通した。
船橋駅南口から本町通りへの新しい道路がまもなく開通、渋滞解消に向けて高まる期待 – みんなで船橋を盛り上げる船橋情報サイト「MyFunaねっと」
今回の明石市での道路拡幅は、公共事業なのでどうしても各年度ごとの予算の縛りがある。工事そのものではなくて、用地・建物補償のための予算である。
予算は税収や他の事業などとの兼ね合いで議会で決議されるものであるし、この事業に対する予算枠の中でも他の地権者に対する補償も考えなければならない。立ち退いた地権者の移転先も探すし、取得予定の土地に抵当権などがついていたらそれも外す必要がある。
市長発言の書き起こしの中で、
市長「何やっとったん、みんな。何で値段の提示もしてないねん」
職員「値段は概算を年度末に提示している」
市長「概算なんか意味ない。手続きにのらへんやないか」
職員「市長申し訳ありませんが、(の分は)予算は今年度でつんでいる。前年度は予算ついていないんで、概算しか」
市長「ついてないってどういうことよ」
職員「他の地権者の分、とってますから。丸ごと全事業費は1年間でどーんと付けられない」
市長「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって」
とあるが、そりゃ国道拡幅は単年度予算でまかなえるほどの小さい事業でもないだろうし、交渉が進んでいない地権者への補償のために予算は取れない。交渉がまとまらなかったら予実差異が出るからだ。他の地権者の分の補償費も当然考える必要がある。
それに、簡単なところから取るのは当たり前である。さっさと立ち退き意思を決めてくれた人に対して、「難しいところが残ってますんで・・・」などと契約を先延ばしにしていたらそれこそ「それなら売らねーぞ」となってしまう。
さらに、自分のブコメでも書いたが、公共事業に対して収用等などにより資産を譲渡した場合、所得税の特別控除が受けられる特例がある。
部下に「辞表出しても許さんぞ」「自分の家売れ」 明石市長の暴言詳報 - 神戸新聞NEXT
公共事業はだいたい予算がきついから交渉もめそうなとこは予算付けるの後回しにもなるし、金額提示しちゃったら半年以内に契約しないと売った側が5000万円控除も受けられなくなるし、最初から市長が交渉したら?
2019/01/29 17:35
一定の要件を満たす場合には、なんと所得が5000万円も控除される。
国や自治体に公共事業用に土地を5000万円で売ったら、まるまる所得税はかからない。一般的には所得税率は約20%なので、1000万円も得になる。
ただし、その一定の要件が結構きつく、一番ネックになるのが「最初に買取等の申出があってから譲渡が6ヶ月以内に行われている場合」というもの。
この「買取等の申出」が具体的に何を指すのかについてだが、埼玉県の作成する文書によれば、
公共事業の一般的なケースにおける通常の用地買収においては、個別交渉等の場面で、事業施行者が買取り資産を特定し、当該資産の対価を明示してその買取り等の意思表示をしたことが、具体的に「買取り等の申出」を行ったことになり、この事実がいつあったかによって、「買取り等の申出があった日」を判定することになる。
https://www.pref.saitama.lg.jp/a1003/youtai1/documents/1kazeinotokurei.pdf
とあり、つまり地権者に対して価格を明示した時点でそこから6ヶ月のカウントダウンが始まってしまうのだ。そのため、用地交渉の際には不動産鑑定による概算額の提示→交渉→金額の提示、となるのが普通である。
交渉がまとまらなさそうなら、建物の移転補償額をなんとか引き上げようとあれこれ頑張るとか(太い柱があることにするとか)、その他の物件補償を頑張るとか(いい立木があることにするとか)、まあそれなりに手はあるらしい。
ここで明石市長と職員とのやり取りに戻るが、予算もついてないのに価格の提示はできない。予算がない=買えない=譲渡者は控除を受けられない、になるからだ。だから、担当者が「7年間も」「価格の」提示をせずにただ遊んで給料をもらっていたわけではない。(明記されていないがちゃんと地道に交渉を続けていたと信じたい)
[2月5日追記]
当記事を書く際、上記のように憶測で書いてしまいましたが、実際には「ちゃんと地道に」交渉を続けていたようです。
交渉を担当した市幹部は「最後の建物を放置していたのではなく、1カ月に1回以上は地権者と交渉していた。正式書面で金額は示していなかったが、概算額は提示していた。市長が激高した時期は契約前の最終段階だった」と話す。
[追記ここまで]
その他にも土地を取得する手段として、土地収用法に基づいて事業認定を行い、告示 →収用測量→裁決申請→収用審理→裁決→補償金支払→ 土地引き渡し(明け渡し含む)の手順で用地取得することもできるが、この手順だと一般的に3年程度時間がかかるとされている。*1
しかも事業認定の告示前でないと土地収用法に基づく仲裁の申請はできないし、各フェーズにおいて期間の制限などもあり・・・などと考えていくと、用地買収が一筋縄ではいかないのがわかると思う。
ただまあ、
関係者によると、市長の発言で体調を崩すなどした職員はおらず、買収に関わった市幹部の1人は「かっとしやすい市長の性格で、計画通りにできなかった私たちが責められても仕方ない。パワハラとは思っていない」と話した。 泉市長は神戸新聞社の取材に、関係者に謝罪したことを明かし、「弁解できないひどい言葉で反省している。市民にも申し訳ない」と話した。一方で「市民の安全を守るための事業で、長い間金額提示すらしていなかったことに激高してしまった。危険な交差点をなくしたい一心だった」と釈明した。
と市幹部が擁護してたりもしますが、本当のところは地権者への補償も絡むセンシティブな話なので、私の考えはあくまでも推測です。でも成田空港はじめ公共事業の用地交渉って本当に大変な仕事なので、それはぜひ世の中には広く知ってもらいたい!
ちなみに用地マン(パーソン?)必見の書、『用地ジャーナル』には、胃が痛くなるような用地取得事例が満載。
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